【書評】『佐藤鬼房の百句』渡辺誠一郎著(ふらんす堂)

考えてみると、自分の部屋に鬼房に関する書籍は、非常に少ない。

ときどき鬼房の一句鑑賞などの依頼をいただくたびに、手元に資料がなくて苦労する。
それについては特に理由はないのだが、こうした百句シリーズの鬼房を俯瞰した本があると助かる。

それにしても、この鬼房の薫陶を受けた高野ムツオさんや、本書の著者の渡辺誠一郎さんら「小熊座」の人々が東北方面に根をはっているということは、ふらふらしている自分にとっては、あらためて姿勢を正されるような存在感を感じさせる。(ま、言うほど姿勢を正していないことはご容赦いただきたいが…)

むささびの夜がたりの父わが胸に   鬼房
生きて食ふ一粒の飯美しき
縄とびの寒暮いたみし馬車通る


昭和時代の鬼房の触れたら切れるようなロマンチシズムは、いま読むとどこかぴりぴりするような畏怖を感じさせる。

切株があり愚直の斧があり   鬼房

という鬼房の代表句について、本書で「実は鬼房は〈愚直〉を、「ぐーちょく」と読むものと思っていたらしい」という話は、そんなぴりぴりするような鬼房の可愛らしい一面を思わせる。
ちなみに、この「切株」の句は昭和26年作。

鬼房は平成14年(2002年)まで生きた。こころなしか、平成に入ると鬼房の句にも変化が見える気がする。

長距離寝台列車のスパークを浴び白長須鯨   鬼房

平成4年の句。この句は「ブルートレインのスパークをあびしろながす」と読む。あ、そういえばこんな句もあったな、と。昭和期の句と比べると、やはり平成という時代背景を感じざるを得ない。
他にも、

やませ来るいたちのやうにしなやかに   鬼房
白桃を食ふほの紅きところより
除夜の湯に有難くなりそこねたる


など、表現に独特のやわらかさがある。これらも平成の句。
ところで、昭和51年作で句集『海溝』にこんな一句がある。

海鳴りが死者にも聞こえ椿山   鬼房

まるで、平成23年3月11日の東日本大震災の後に書かれたと言われても納得してしまうような句。
ときどきこうした予言的な句があらわれることがあるのは、俳句の不思議のひとつだ。

これは鬼房が「死」というモチーフにこだわった作家だったこともあるのかもしれない。
どこかで我々の行く先にある「死」を先回りして、俳句として掬い上げた。
その結果、上記のように句が予言性を帯びてしまうことが起こり得るのかも。

なお、本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝を申し上げます。

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Posted by tajima