俳句を書かせているのは誰か

ある俳人の句についての一句鑑賞を書くために、思考をめぐらせています。

明日締め切り。なので、ひとまず覚書として。

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俳句を書くときに問題になるのは、「いかにいい俳句を書くか」ではなく、「いい俳句とは何か」でもないと思います。

そこで問われるのは、言うなれば「俳句を書くとはどういうことか」あるいは「その句には何か書かれているか」ということではないでしょうか。

そこで書かれた句が、それを指し示す。

読み手が求めるものは、それではないかと。

その問いの先に知るべきことがあって、おそらく俳句にとって「他者」とは、読者のことではないでしょう。

「俳句を書くとはどういうことか」を知るということは、

「その句を書かせているのは誰か」ということに他ならないからです。

俳句における〈主体〉とは、まさにそれです。

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というわけで、明日の締め切りに向けて、このあたりのことをまとめなきゃ。